【陸奥国閉伊郡浦鍬ケ崎村佐々木家文書||SASAKI family papers and collections of Urakuwagasaki Village, Hei District, the Province of Mutsu】
識別記号 ac1947005
資料記号 22E
標題 陸奥国閉伊郡浦鍬ケ崎村佐々木家文書||SASAKI family papers and collections of Urakuwagasaki Village, Hei District, the Province of Mutsu
年代 1741年~1898年
主年代 江戸後
年代注記 1741(寛保元)年-1898(明治31)年、主年代:江戸後期
記述レベル fonds
書架延長/数量 .2m/54点
物的状態注記 54点;点数では、1948年調査時では、76通、1綴、1冊と数えられていた。現存するものは、47通、5綴(22通)、1冊1封(3通)で、冊・通数の合計は73である。このほか、1948年調査時の9点の散逸が認められる。
出所・作成 佐々木家
履歴 佐々木家は、浦鍬ケ崎村在住の脇田屋または若狭屋を屋号とする地主または商人といわれるが、詳細は不明である。ただ、幕末の佐々木治三郎の代に盛岡藩の在々給人の宮古給人に取り立てられている。 文書では、脇田屋(〓(井桁の中に一)と思われる)を屋号とする治三郎とその養嗣子である治郎八、それに同じ屋号の脇田屋治四郎に関するものが平行して存在する(治三郎と治四郎とは別人)。また、佐々木姓の若狭屋伊兵衛の文書が治三郎のものとほぼ平行して存在している。さらに、佐々木治郎八の実家であり同じ宮古給人である盛合家関連の文書もあって、元来、数家を出所とする文書群ではないかと思われる。
(関係地)陸奥国閉伊郡鍬ケ崎村‐浦鍬ケ崎村‐岩手県東閉伊郡鍬ケ崎町‐下閉伊郡鍬ケ崎町‐宮古市鍬ケ崎[現在]
(主題)地主・商人|給人
(役職等)地主・商人|給人
伝来 1947年に原蔵者より譲渡。
入手源 原蔵者
範囲と内容 この文書群は、上記の通り、佐々木家のほか親類の盛合家に関わる文書や、来歴が判明としない文書もあり、文書群の構造については判然としない点が多い。大別すると、(1)佐々木家の文書であることがうかがえる分、(2)盛合家関連の文書、(3)その他出所が特定できない分となる。 このうち、佐々木家の文書としては、a,脇田屋治四郎関係では借用証文、給人召出書付、聟養子相続願、b,脇田屋治三郎関係では畑売渡証文、金子借用証文、借地証文、給米申渡書付、c,若狭屋伊兵衛関係では借用証文、「治助分家に付き書誓」、訴訟関係、「遠藤幾馬様御預金之覚」がある。 一方、盛合家関連文書には、金子受取証文、往復書状、「砂糖値段書」があり、その他出所を特定できないものには、「旧藩庁身代帳名前書抜」「遺杉植立証文」、諸証文奥書がある。
評価選別等スケジュール
追加受入情報
整理方法
利用条件 EAD-XML検索システムでの検索も可能ですが、閲覧を希望する場合は事前に情報サービス第2係(歴史資料担当)へお問い合わせ下さい。
使用条件
使用言語 Japanese
物的特徴及び技術要件
検索手段 仮目録(昭和22年度)
原本の所在
利用可能な代替方式
関連資料
出版物
注記
収蔵名称 国文学研究資料館(歴史資料)

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