【三河国碧海郡刈谷本町太田家文書】
識別記号 ac1960004
資料記号 35D
標題 三河国碧海郡刈谷本町太田家文書
年代 1801年~1868年
主年代
年代注記 1801(享和元)年-1868(明治元)年
記述レベル fonds
書架延長/数量 2m/183点
物的状態注記 183点(172冊、5通、5綴、1枚)
出所・作成 太田家
履歴 太田家は屋号和泉屋。17世紀半ば、明暦の頃に刈谷で酒造業を始めた太田徳右衛門を祖とし、やがて米・綿・木綿・油類などの商いに進出して刈谷町を代表する有力商人に成長する。1731(享保16)年には刈谷藩御用達に任命され、その後、長らく御用達として藩財政の維持に関わった。近世後期には代々平右衛門を名乗っている。また刈谷町は1710(宝永7)年以来、年番庄屋制がしかれ、1715(正徳5)年からは定員2名であったが、太田家は遅くとも享保期以降幕末まで、たびたび庄屋職をつとめた。 近世後期になると太田家は金融活動を広く行うようになり、その関係で刈谷周辺の新田経営権が次第に太田家の元に集まっている。天保期の伏見屋外新田や中市新田、弘化期の流作新田、安政期の前浜新田、万延期の太助新田などである。ちなみに明治初年の太田家の新田その他の小作地からあがる作徳米収入はおよそ550石、代金にして2200両と見積られている(『刈谷市史』第2巻近世、『刈谷叢書第2輯・三州和泉屋平右衛門太田家文書』、『刈谷町庄屋留帳』全20巻による)。
(関係地)三河国碧海郡刈谷本町‐愛知県刈谷市銀座[現在]
(主題)庄屋‐藩御用達;商人‐新田地主
(役職等)庄屋‐藩御用達;商人‐新田地主
伝来 1960年に故紙業者より購入。
入手源 故紙業者
範囲と内容 本文書群は、太田家の新田経営に関する文書が大半を占める。伏見屋新田、伏見屋外新田、中市新田、流作新田、前浜新田、太助新田、正及新田などである。文書の多くは「新田入用帳」「検見帳」「小作取立帳」「掟米帳」「年貢勘定帳」等々の帳簿である。また太田家が経営権を入手する以前の前地主から引き継いだと思われる帳簿も含まれる。ほかに、必ずしも新田ではないが、東境村・大蒔村・熊村・西浦村など太田家が土地を有していた村々の年貢関係史料などが若干ある。
評価選別等スケジュール
追加受入情報
整理方法
利用条件
使用条件
使用言語 JAPANESE
物的特徴及び技術要件
検索手段 カード目録
原本の所在
利用可能な代替方式
関連資料 刈谷市銀座太田一造氏が本文書群と同出所の文書多数を所蔵している(『刈谷市史』第2巻近世)。同文書の一部は『刈谷叢書第2輯・三州和泉屋平右衛門太田家文書』(1973年)、『刈谷市史』第6巻史料・近世として刊行されている。
出版物
注記
収蔵名称 国文学研究資料館(歴史資料)

Copyright © National Institute of Japanese Literature All Rights Reserved.