| 資料記号 |
24P |
| 標題 |
尾張国名古屋元材木町犬山屋神戸家文書 |
| 年代 |
1627年~1914年 |
| 主年代 |
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| 年代注記 |
1627(寛永4)年-1940(昭和15)年 |
| 記述レベル |
fonds |
| 書架延長/数量 |
30m/17,979点 |
| 物的状態注記 |
17,979点 |
| 出所・作成 |
神戸分左衛門家 |
| 履歴 |
神戸分左衛門家は1669(寛文9)年に犬山の鵜飼屋神戸家の分家として名古屋元材木町に開業した。17世紀末までは材木商を主として金融・諸物産売買といった多角的経営を展開する。しかし、1707(宝永4)年2代目分左衛門の時、尾張国海西郡に大宝前新田(現愛知県海部郡十四山村)125町歩を開発して経営を転換させ、その後近世を通じて新田地主としての経営を続けていくことになる。新田には支配人を置き、新田経営を担当させた。なお大宝前新田は1814(文化11)年に神戸新田と改称された。神戸家は、大宝前新田のほかにその周辺の4つの新田にも小作地を所持していたほか、愛知県大高源兵衛新田や三河国碧海郡伏見屋新田にも出資していた。
この間、借上金御用・御勝手御用達・町奉行所御用達など、尾張藩の御用達商人としても活動している。また、1695(元禄8)年には江戸日本橋小船町に町屋敷を買得し、近世を通じて貸地貸店経営を行なっていた。この経営は分家神戸彦七を通じて家守来家太七に担当させた。さらに、居住地の名古屋でも元材木町周辺の町々を中心に町屋敷経営を展開していた。なお、近代に入っても大規模な新田地主・都市地主として存続し、鉄道会社・銀行など企業の設立に関与している。
(関係地)尾張国愛知郡名古屋北材木町/元材木町/愛知県名古屋木挽町/名古屋区木挽町/名古屋市木挽町/西区木挽町/名古屋市西区木挽町[現在]
(主題)商人・新田地主
(役職等)商人・新田地主
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| 伝来 |
1949年度に原蔵者より譲渡 |
| 入手源 |
神戸分左衛門家 |
| 範囲と内容 |
本文書群は大きくいって(1)元材木町神戸家作成経営史料、(2)狭義の家文書、(3)新田支配人作成史料、(4)神戸彦七・家守来家太七作成史料(江戸町屋敷経営)、(5)大高源兵衛新田、(6)三州伏見屋新田、(7)領主御用、(8)元材木町、に分かれる。
(1)は、主として営業帳簿である。総勘定帳の位置を占める有物勘定帳が1730(享保15)年~1748(寛延元)年まで32冊あり、そのほか金出入帳・小遣帳・利足帳など元禄・享保期を中心として主要帳簿が揃っている。町屋敷経営では店賃帳・家賃請取帳、新田経営では宝永期の開発関係諸帳簿や、地割ごとに掟米(小作料と年貢)を書き上げた検見帳が1711(正徳元)年~1871(明治4)年まで78冊ある。(2)は由緒書や神戸家の相続に関する諸史料を中心とする。(3)では、掟米徴収のための帳簿である米納帳が代表的なものであり、そのほか新田経営のための種々の入用帳が大量に伝存している。量的には本項目に入る史料が神戸家文書の大半を占める。(4)は、家守来家が彦七を通じて神戸家に提出した「店賃之覚」と町屋敷の様々な普請の入用帳である。(5)(6)は、検見米納帳・入用帳などの経営帳簿である。(7)は、借上金御用・御納戸御用・融通講取締約などの業務遂行上作成した史料があり、(8)は町代退役願書などであるが、それぞれ数点ずつしかない。 |
| 評価選別等スケジュール |
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| 追加受入情報 |
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| 整理方法 |
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| 利用条件 |
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| 使用条件 |
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| 使用言語 |
JAPANESE |
| 物的特徴及び技術要件 |
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| 検索手段 |
『史料館所蔵史料目録』第61集・第71集・第83集・第93集・第100集(1995・2000・2007・2011・2015)、収蔵歴史アーカイブズデータベース |
| 原本の所在 |
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| 利用可能な代替方式 |
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| 関連資料 |
神戸家に11箱分の文書が保存されている(未整理) |
| 出版物 |
飯尾・小杉・中村・三宅・安井編『神戸家文書御用留』(十四山村教育委員会、1992)、『史料館報』第63号・第71号・第78号(1995・2001・2003) |
| 注記 |
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| 収蔵名称 |
国文学研究資料館(歴史資料) |
| 識別記号(内部用) |
ac1949016 |