![]() |
【阿波国板野郡北浜村浜田屋田渕清右衛門家文書(三井高維収集文書のうち)】 |
| 資料記号 | 24R |
|---|---|
| 標題 | 阿波国板野郡北浜村浜田屋田渕清右衛門家文書(三井高維収集文書のうち) |
| 年代 | 1788年~1860年 |
| 主年代 | 近世後期 |
| 年代注記 | 1788(天明8)年-1860(安政7)年 |
| 記述レベル | collection |
| 書架延長/数量 | /100点 |
| 物的状態注記 | |
| 出所・作成 | 田渕清右衛門家 |
| 履歴 | 天明8年から安政7年の営業帳簿100冊。『鳴門市史』(鳴門市、昭和51年)によれば、「斎田塩」の産地として知られる撫養塩田開発者の一家として、慶長年間から北浜村政所清右衛門の名前が見出される。塩田開発の功によって北浜村の庄屋を世襲し、何時の頃からか、岡崎村の庄屋を兼帯する家柄であった。
(関係地)阿波国板野郡北浜村/徳島県鳴門市撫養町北浜[現在] |
| 伝来 | 1949年度に旧三井文庫保管のものを譲渡。 |
| 入手源 | 旧三井文庫より譲渡。 |
| 範囲と内容 | 徳島藩の塩業は藩の有力な財源の一つとして、生産・販売ともに厳重な統制下に置かれたことは知られる通りであるが、斎田塩の流通販売担当の特権を付与されていた塩問屋の成立の時期は明らかではないし、その数も時代によって、異同があったと思われるが、この塩問屋には大問屋・小問屋の区別があった。他国からの塩買船のうち、大船と取引する問屋=大船株居十人をお大問屋に指定、その他の問屋は小問屋として大船相手の取引から除外されたという。寛政元年に小問屋側からこの大船株居制の撤廃を願出た連名18人の中に、北浜村清右衛門の名前が見出されるが(『鳴門市史』1163頁)、当館所蔵の寛政11年「御両替之帳」(24R/286)には、清右衛門の署名に大問屋の肩書があり、その後文化2年塩税の改革により「地面請」の制が実施された際、郡代に差出した撫養12ヵ村の庄屋・五人組・塩問屋の連印にも、田渕家は正式に大問屋11人の中に名を連ねていることから(『鳴門市史』1139頁)、同時期における同家の営業規模の拡大が推測される。なお同家の営業を詳しく検討したわけではないが、寛政11年の「塩仕切帳」(24R/324)によれば、斎田塩の取引は紀州岩佐や新宮の船持商人・伊予新浜・土佐泊の廻船業者を通して行なっていたとこが知られるが、天保期の後年には手船による商取引が展開され、広島米・筑前米・北国小豆、豊前・柳川たね(菜種)、広島くりわた等、中国・九州地方の産物の買付、尾道・兵庫・大坂等での販売がみられる。 |
| 評価選別等スケジュール | ― |
| 追加受入情報 | ― |
| 整理方法 | ― |
| 利用条件 | ― |
| 使用条件 | ― |
| 使用言語 | JAPANESE |
| 物的特徴及び技術要件 | ― |
| 検索手段 | 『史料館所蔵史料目録』第30集(1979年)、収蔵歴史アーカイブズデータベース |
| 原本の所在 | 国文学研究資料館(歴史資料) |
| 利用可能な代替方式 | ― |
| 関連資料 | 三井高維収集文書(fond)の記述を参照。 |
| 出版物 | ― |
| 注記 | ― |
| 収蔵名称 | 国文学研究資料館(歴史資料) |
| 識別記号(内部用) | ac1949018.16 |
Copyright © National Institute of Japanese Literature All Rights Reserved.