【越中国新川郡萩原村黒田家文書】
識別記号 ac1958001
資料記号 33A
標題 越中国新川郡萩原村黒田家文書
年代 1765年~1907年
主年代 江戸後
年代注記 1765(明和2)年-1907(明治40)年
記述レベル fonds
書架延長/数量 12m/1351点
物的状態注記 約1351冊
出所・作成 黒田家
履歴 黒田家は、役職に就いては詳らかではないが、周辺村である荒屋・秋ケ島村との関わりが濃厚であることが史料よりうかがえる。当主は、1832(天保3)年に五左衛門を名乗っていることが確認される。また、神通川川除御普請にあたっては、荒屋・秋ケ島村に加えて経田・東塚原村を合わせた5か村を取りまとめている。1857(安政4)年には火災に見舞われている。1876(明治9)年、黒田松太郎が萩原村・東塚原村の戸長を勤めている。
(関係地)越中国新川郡萩原村‐富山県上新川郡萩原村‐富山県上新川郡新保村萩原‐富山県富山市萩原[現在]
(主題)戸長
(役職等)戸長
伝来 1958年度に故紙業者より購入。
入手源 故紙業者
範囲と内容 本文書群は冊子文書のみのまとまりで、(1)近世の萩原村文書、(2)組と他村の文書、(3)戸長に関わる文書、(4)家文書に大別できると考えられる。(1)は主として年貢関係の諸帳簿であって、1812(文化9)年から幕末にかけての「御収納入米帳」10冊などである。(2)は年貢帳簿、川普請関係で、量的に本文書の中心をなし、特に川普請関係の帳簿が多い。萩原村の富山藩領の所属組は天明期に道場組、1825(文政8)年布施組から1839(天保10)年太田組へと編成替えがあり、所属組が異なる時期が見られる。(3)は民費・土地・戸籍関係帳簿である。(4)は1859(安政6)年以降の「大福覚帖」30冊が目を引く。他に小作関係帳簿も多く、家屋を焼失したことに関わる家普請などの史料が残されている。なお、未整理の史料がまだ多くあるため、全容はつかめない。
評価選別等スケジュール
追加受入情報
整理方法
利用条件
使用条件
使用言語 Japanese
物的特徴及び技術要件
検索手段 仮目録(昭和33年度)・カード目録
原本の所在
利用可能な代替方式
関連資料
出版物
注記
収蔵名称 国文学研究資料館(歴史資料)

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