【佐渡国加茂郡原黒村鵜飼家】
資料記号 2012H
標題 佐渡国加茂郡原黒村鵜飼家
年代 1704年~1980年
主年代 近世後期~明治30年代
年代注記 1704(宝永元)年-1980(昭和55)年
記述レベル fonds
書架延長/数量 8.7m/7529点
物的状態注記 7529点
出所・作成 鵜飼家
履歴  鵜飼家当主は、源助を名乗り、屋号を酒田屋と称した。村役は、名主、組頭、百姓代を勤めている。在住の村は、加茂郡原黒村である。北西はわずかに湊町に続き、北は両津湾、西は加茂湖、南は潟上村下組、東は住吉村と接する。支配は、佐渡奉行支配下である幕府領。宝暦年間の村高は435 石余、田が9 町余りで畑が23 町である。この当時の名請人は61 名である。地名の変遷は、享保4 年(1719)まで城腰村のうちで原黒組とも称し、原黒村となる。原黒村は明治22 年(1889)まで継承され、明治村となり、同34 年(1901)から河崎村、さらに昭和29 年(1954)には両津市、平成16 年(2004)3 月1 日をもって、佐渡の一島全体が佐渡市となった。
 鵜飼家にとって特筆すべき人物は、郁次郎である。明治16 年(1883)に鵜飼玲吉が、わずか21 歳で亡くなると、同年9 月に雑太郡竹田村(現、真野)に生まれた羽生(はにゅう)郁次郎が、羽生家から後夫として鵜飼家に入ることになった。鵜飼郁次郎は、安政2 年(1855)に佐渡に生まれ、鵜飼家には28 歳時に入った。私塾で和漢の学を学んだ後、新潟師範学校に入学し、教員となり、30 歳の時に県会議員、35 歳で第一期衆議院議員(自由党系)に当選した。40 歳過ぎまで政治活動に専念し、その後健康を害し、明治34 年(1901)、46歳で没する。晩年「萬花楼」と号して、奇書珍籍や郷土資料の収集につとめた。
(関係地)佐渡国加茂郡城腰村/佐渡国加茂郡原黒村/新潟県加茂郡明治村/新潟県加茂郡河崎村/新潟県両津市/新潟県佐渡市[現在]
伝来 平成23(2011)年度に原蔵者より寄贈
入手源 鵜飼家
範囲と内容 この文書群は、元の容器内でのまとまりや紙縒紐などで書類を一括した「綴」の形をとるもの、封筒・袋入りのものが多い。すなわち、紙縒などの一括した文書は、内容・発信者・年次など、様々な基準でまとめられているため、機能・内容を異にするものが混在する。そのため本来は「綴」形態を無視して、個々の文書レベルで編成することも考えられるが、鵜飼郁次郎などによって整理されたことが明らかなものも多い。かかる同家の整理基準を尊重することは、同家の文書群の存在意味を考える上では重要かと判断し、シリーズレベルでは一括の形態を崩すことをなるべく避け、土蔵内資料の外見上のまとまりごとに、「A,B,C,…」と記号を与えた。
 本文書群は、特に土地経営と金融に編成された文書と、鵜飼郁次郎関係の書翰・葉書類が多くを占めている点に特徴がある。なお、特別コレクションの「鵜飼文庫」は、鵜飼郁次郎が明治期に収集したもので、国文学関係資料としてきわめて貴重な『蜻蛉日記』の古写本など典籍・書籍資料のほか、明治期の憲政史また佐渡の地方史など、多方面からの関心にこたえる優れた内容を持っている。
評価選別等スケジュール
追加受入情報
整理方法
利用条件 目録に「所蔵者蔵」となっている史料は当館所蔵ではないので閲覧できない。特別コレクション:鵜飼文庫の目録は国書データベースに収録。
使用条件
使用言語 Japanese
物的特徴及び技術要件
検索手段 『史料館所蔵史料目録』第105・106集
原本の所在
利用可能な代替方式
関連資料 当館(国文学)特別コレクションNo.96に鵜飼文庫がある。鵜飼家に約800 点の文書が所蔵されている(『史料目録』105・106集において「所蔵者蔵」として示した)。
出版物 国文研影印叢書5『鵜飼文庫 蜻蛉日記 阿波国文庫本』(勉誠出版刊、2014年)、『国文研ニューズ』No.26(2012年1月)
注記
収蔵名称 国文学研究資料館(歴史資料)
識別記号(内部用) ac201208
国文学研究資料館
国文学研究資料館学術情報リポジトリ

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