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解説:宮中の官女が養蚕を行っている図。宮中の養蚕は現在でも行われている。皇后が養蚕を行ったという伝記(『日本書紀』巻第十四、雄略天皇、「天皇、后妃をして親ら桑こきて以て蚕事を勧めしむと欲す」)に基づき、皇后がこの作業を指揮し、天皇がそれを見守る形式で描かれている。天皇・皇后が自ら行って殖産興業の範を垂れるという意味があったと思われる。 3枚続のうち右の絵では、蚕種紙から孵化した蚕を払い落として、蚕箔(蚕をのせる平らな台。通常は竹の籠だが本図では木製の広蓋になっている)に移す作業を描く。奥の紫色の小袖の官女は天井からつるしてあった蚕種紙を取り、床の間を指さしている。床の間には女神像の掛軸かかり、その前に御神酒徳利が捧げられる。上部には蚕種紙と並んで、蚕の守り神とされる馬の絵が吊されている。画面中ほどの2名の官女は水を口に含み、蚕種紙に湿り気を与えている。手前では2名の官女が蚕を羽箒にて払い落とす作業を行う。一番右の官女は、ふるい落とされた蚕を蚕棚へ運ぶ。 中央の絵では、手前左の官女が箸で蚕を揃えている。その左の官女は皇后の指示を聞いている。奥の2人の官女は桑の葉を籠から手で取り出して蚕に与えている。色版制作時の指定の誤りか、桑の葉は蚕ではなく床にまかれている。天皇の姿は1873(明治6)年に内田九一によって撮影された軍服姿の写真を元に描かれている。椅子にすわりサーベルを手にする。 左の絵、一番手前の官女は、桶の上にまな板を置き、桑の葉を刻む。後ろの官女は、桑と蚕の入った広蓋を持つ。左手の官女は、広蓋を蚕棚に置く。建物の外では、2人の官女が庭に生えた桑の木から葉を摘む。左手より、馬に桑の葉を背負わせた農婦が到着する。 養蚕を描いた美人図は江戸時代中期から数多く制作されており、本図もその流れを汲む。皇居の内部の情景は画家の想像である。(田島)
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