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解説:養蚕、機織は、女の手仕事として、しばしば美人画の画題となってきた。錦絵では天明6(1786)年の、勝川春章・北尾重政合作「かゐこやしなひ草(蚕養草)」が最も早い。本作品は「蚕養草」にならい、蚕の養育から機織までの一連の作業を12枚の揃物としている。歌麿は「蚕養草」よりさらに女性の姿を大きくとらえ、表情や仕草の表現に力を入れている。一枚ずつ独立した場面からなるが、上部の雲形は順番に並べると連続するように描かれ、モチーフの一部も隣接する画面にまたがっている。なお、本作品は刷りが新しく、版もよく見ると、寛政期に鶴屋喜右衛門から出たものとは異なっており、後世の模刻と見られる。永田生慈『資料による近代浮世絵事情』(三彩社、1992年)に、明治20年代に本作品が複製されていたことが詳しく記されている。各図の内容は次の通り。1. 屋外で、孵化した蚕を羽箒で蚕種紙から蚕箔(蚕をのせる広蓋状のもの)に移す。女が2人1組で作業する。もう1人は立ってその様子を見る。2. 2人の女が梯子や踏み台に上って桑の木から葉を摘む。下にいる1人の女が2つの籠を縄でつなぎ肩に掛けている。籠には桑の葉が一杯に入っており、この場から運び出す所と思われる。3. 手前の1人の女が桶の中に厚いまな板を置き、蚕の葉を刻んでいる。刻む前の葉はこの女の背後にある。2人の女は、台の上に載せた蚕のいる広蓋に、刻まれた葉を籠から出して振り入れている。そのすぐ後ろに、簀の子が巻いて立ててある。奥には蚕棚が見える。4. 蚕の成長過程。奥の女が棚から広蓋に入った蚕を取り出し、手前右の女が羽箒でこれを整える。手前右の女は空箱を重ねて運んでいる。5. 繭を作る前の工程か。一番右の女が桑の枝を運び、左の2人が枝から葉を取って籠に入れる。中央の女は、下に敷き広げた藁の上に蚕を広げ上から桑の葉を振りかける。6. 枝に付いた繭を確認するところ。右の女が繭の入った蚕箔を運び、中央の女が繭の付いた枝を手に取って見ている。左の女は立ったままこの様子を見る。奥には繭が付いた状態のものが蚕棚に並んで居るのが見える7. 蚕の成虫(蚕蛾)を糸でつなぎ、紙の上で産卵させる場面。左の女が糸を持ち、右の2人がそれを見る。8. 蚕蛾が飛んでいく様を室内から眺める。右の母親は幼児を抱きかかえる。窓の外を見ながら指を指す小さな男の子。一緒に眺める女も振袖なので若い娘である。手前の楓が赤く色づき始めており、季節の推移がわかる。9. 蚕を煮ながら糸を取る場面。右の女が座繰器を用い、右手で糸巻きを回しながら、左手で繭から出てくる糸を撚りあわせている。小型の竈に薪で火を燃やし、鍋の中繭から糸を取る。一番手前の広蓋にはまだ糸を取っていない繭があり、竈との間に置かれたざるにあるのは糸を取り終わって小さくなった繭だろう。巻き終わった糸巻きが右下に2個あり、糸巻きからはずされた糸は、画面上部の細い棹に吊されている。10. 真綿(糸に取りにくい悪い繭から作る)を、棒に引っかけて伸ばす。中央と右手前の女がこの作業を行い、左奥の女がこれを2つ結んで竹竿に掛けている。右奥の女は作業には加わらず右の方を見る。左に水の入った桶があり、この作業は水を使いながら行っていることがわかる。11. 撚車による糸巻き。奥の女が右手で車を回しながら、糸を巻き取る。手前の女は立ってキセルを手にする。2人の間には12に登場する機織機がある。12. 機織の場面。洗い髪の女が胸をはだけながら機を織る。右手に杼を持って糸を通していく。左の女は立ったまま、右の女は座って糸を引っ張りながら、機織の様子を見る。(田島)
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