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解説:慶応3年8月ごろから半年以上にわたって東海地方を中心に発生した″ええじゃないか″の民衆運動の錦絵である。題名に御陰参とあるように、慶安3(1650)年を最古の記録として江戸時代に何回か起った熱狂的な集団参宮と関連づけられるのは、図中の文章でも触れているように伊勢神宮のお祓札が降ったという奇跡から始まったことによる。そこから、この運動を″お札降り″ともいうし、「ええじゃないか」の囃し詞で踊るので″ええじゃないか″とも呼ぶが、根底には世直しの意識ないしはそれへの期待が存在したと指摘されている。だが、局地的な散発にとどまり、しかもお陰参りの実行には至らなかった事例が多かったことなど、実体の不明部分と合せて歴史的評価には諸説がある。図中の解説で、この年の夏が80日余の日照り続きで雨乞い祈?を各地で挙行したところお祓札が降ったということだが、当時のインフレ的物価上昇に対して「御祓の降と云も……嵩詰たる物価の直下といへる吉兆なるべし」という語呂合せも介在したようである。なお、この解説の筆者山々亭有人(条野採菊の別号)は錦絵の作者芳幾と三題噺のグループとして親密な関係にあった(興津要『落語の風土』)。(『明治開化期の錦絵』より)
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