日本実業史博物館準備室旧蔵資料
37TA
01.絵画/10.地理
01.絵画
10.地理
〔東京風景〕 鎧橋之景
明治20
1887
絵師: 落款: 本名等: 版元:   
技法:錦絵 法量:115×171
数量:1 
37TA/00327
00440
解説:鎧橋は、現在の中央区茅場町と小網町を結ぶ、日本橋川に架かる橋である。江戸時代には日本橋川に架かる橋は、少し上流の江戸橋の次は湊橋で、鎧橋の辺には″鎧の渡し″という渡舟が交通を支えていた。図の中心を流れるのは日本橋川で、中央遠景の高い建物は第一国立銀行である。図の右奥に小さく描かれているのが鎧橋で、橋の手前には通商司(後の証券取引所)があった。この通商司の御用達を務める三井・小野・島田の3豪商が、1872(明治5)年に共同で架設したのが鎧橋である。図にあるように、普通の木橋であったが、上記の如く新時代の経済活動の中心街に新設されたことで、東京の名所となり、絵画にも登場している。なお、鎧の渡しの地名は源義家がこの地を通過した際に暴風に障げられたのを、鎧を水中に投じて祈念して無事に渡河できたという伝説に基づくという。この伝説と、鎧という名称に因んだものか、1889(明治22)年に鉄橋に架け替えた時には、山型に鉄骨を組みあげた橋になり、短い橋ながら威圧感のある独特な橋であったが、今は再び架け替えられて往時の面影はない。 作者の井上安治が、師小林清親の作風を習得して、東京の名所風景をハガキ大の小判錦絵にして発表し始めたのは、1882(明治15)年で安治19才であったという。この揃物を「東京真画名所図解」というが(吉田映二『浮世絵事典』)、全部で何枚の揃物か、まとめて発行されたものかも確定されない。枚数については約160枚に達するといい、発行も最晩年の1889(明治22)年に及ぶともいわれている(『原色浮世絵大百科事典』第二巻)。四ツ切の小判であるために、部分的に簡略化されたり、構図に清親の原図を使用するなどの批判もあるが、逆に小判の中に優れた創作の感性が自由に発揮されていると評価する人もある。作品のなかにはたしかに、従来の錦絵とは違う、創作版画に通じるものが感じられる。同じ風景画シリーズである広重の『東海道五十三次』と並べる時に、その違いは時代の空気の差も現しているようである。
史料群概要
画像有