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解説:内国勧業博覧会は、明治政府が殖産興業政策の一環として開催した博覧会。1877(明治10)年に第1回の博覧会が行われ、以後、1881(明治14)年、1890(同23)年、1895(同28)年、1903(同36)年と5回行われた。万国博覧会の国内版というべき形式で、全国各地から出品された。内容は、鉱工業、農業、美術工芸など多岐にわたる。 本図は、上野公園で行われた第1回内国勧業博覧会の開会式を表す。背後の煉瓦造りの建物は美術館で、美術工芸品が展示された。この建物の前に幔幕を張り、壇をしつらえ、天皇と皇后が立つ。そこに大久保利通が上奏文を奉る。宮内卿大久保利通は、これを建議した当人であり、博覧会の総裁職にあった。個人では三条実美が勅任官の列の中に描かれる。このほか多数の官吏、出品者のほか、外国の公使、書記官らも列席し、盛大な模様がうかがわれる。 天皇の肖像は、このころ既に内田九一撮影の写真があったが、本図に描かれる天皇の顔はほとんどそれには似ていない。皇后に至っては、パターン化された美人画と変わるところがない。この時点ではまだ天皇、皇后の画像を過度に神聖視する風潮は生まれていなかったと見られる。ただ、画面右上に「明治十年九月廿日御照会御指令済」と記されており、通常の「御届」とは別に、特別な検閲が行われたようである。(田島)
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